Jul 27, 2026 紀行

小さなボートで国境を越える(コスタリカからニカラグアへ)

by kkyam · 15 min read

メキシコシティのベニート・フアレス国際空港をハブにして、ベリーズからパナマまで、中米のほぼ全ての国を巡る旅をしていた。メキシコの首都から各国の首都へのフライトに乗り、数日間国内を歩いた後にメキシコシティに戻り、またそれを繰り返すという旅だった。なぜそのような、どう考えても効率が良いとは言えない移動のスタイルを選んだかは、もう忘れた。しかし、一度だけ、メキシコを挟まない国境越えを行った。コスタリカからニカラグアだった。

コスタリカでは首都サンホセに滞在したのち、国内の高速バスに乗った。北西に150キロメートルほど離れたアレナル火山国立公園を訪れるためだった。ホテルの敷地からは、活火山の火口から吹き出す赤い火山岩や、ドロドロと流れ出すマグマがすぐそこに見えた。噴火の程度はその日の火山活動によるとのことだったが、かなり緊迫感のある状況が、終日、そして数日続いていた。プールサイドでは、そんな光景を眺めながらビールを飲むこともできる。ただ、大きな噴石が突発的に近くまで飛んで来そうな気配は常に感じた。水着姿では、あまりに無防備だ。そういえばこのホテルの近くの道端には、過去の噴火によると思われる巨大な火山岩が落ちていた。もしも今また、不幸にもそんなことが起きたら……。ああ、でも、その時はその時か。自然には逆らえない。ここにやって来ることを決めたのは自分自身だ。おそらくそこにいたすべての旅人たちが、そう思っていただろう。

突発的な大噴火に見舞われる前にアレナル火山国立公園を離れてさらに北に向かい、陸路で隣国のニカラグアに抜けることにした。メキシコシティに何度も戻るハブアンドスポークの旅に少し飽きていたし、このニカラグアへの国境越えは、長らく中米を旅するバックパッカーの定番ルートとして有名だったからだ。

まずはバスでロスチレスという街まで移動する。しかし、国立公園近くのバスターミナルで係員に案内されて乗り込んだ車両は、本来乗るはずの路線バスの隣に停車していた、地元の婦人会のようなグループ専用のチャーターバスだった。

バスが動き出してしばらくして、乗客の婦人たちが「知らないアジア人がいるぞ」とざわざわし始めた。しかしすぐに、「このチャーターバスの行き先はロスチレスのさらに先の町なんだから、そのまま乗ってもらっていいんじゃない」ということになった。やがて、当たり前のように、車内は飲めや歌えの宴会となる。走行中だというのに、ギターを弾く人(持ってきていたのか……)や、踊り出す人までいる。皆笑顔だ。数時間後、通過地点のロスチレスの道端で降ろしてもらった。陽気な婦人たちは車窓から、名残り惜しそうに手を振っている。高速バスのチケットは未使用のまま持っていたが、チャーターバスの運転手から何かを請求されることはなかった。あのチケット、払い戻しできたかな。

車内で結構飲まされて酔っていたが、荷物を担ぎ、徒歩でフリオ川の河畔に向かった。そこから小舟と呼ぶのがふさわしい大きさと形状のモーターボート、ランチャで川を下る。川は、国境を越えてニカラグア湖に注いでおり、ランチャはそのまま湖畔の街、ニカラグアのサンカルロスに向かう。つまり、これは不定期の公共国際航路なのである。改造エンジンでパワーアップを施したと思われるこのランチャには、6人ほどのローカルがすでに乗り込み、出発を待っていた。無言の彼ら、彼女らが国を出るコスタリカ人たちなのか、国に戻るニカラグアの人たちかはわからない。

蛇行する川の幅は広いところで20メートルほどあるが、狭いところは数メートルしかない。河岸にはびっしりと鬱蒼としたジャングルが迫っている。というよりジャングルの中になんとか川が流れている、という感じだ。映画やドラマにもなったポールセローの小説「モスキートコースト」の情景そのままである。時折、蜃気楼のように突然岸辺に現れる粗末な船着場には、だいたい得体の知れない風貌の男がじっと立っていて、船頭は、しょうがないなあ、という表情で船を減速し、船着場に寄せる。船頭は、これまた得体の知れないモノを手渡したり、受け取ったりしている。映画の演出のような不穏な空気が漂うが、乗客たちは特に興味も不安も感じていないようだ。

1時間ほどすると、河岸に高さ1.5メートルほどの看板が見えてきた。「Nicaragua - Open Arms」と英語で書かれている。どうやらここが国境のようだ。柵もゲートもなく、人もいない。植物は茂り、動物はたくさんいる(たぶん)。すでにコスタリカを出国してニカラグアに入国したということだろうか。さらに進むと、視界がグッと開け、ボートが無限と思われる広さの空間に入っていく。フリオ川がニカラグア湖に注ぐ河口に到達したようだ。ランチャは、岸から少し離れたところをスピードを上げて進む。湖畔のジャングルが遠くなる。救命装置などはないようだ。自分が、大海原に漂う一枚の木の葉に乗って流されているような恐怖に襲われる。もっとゆっくり安全に進んでも良さそうなものだが、時刻は夕刻である。必死にスピードを上げているのは、とにかく日の入りまでにサンカルロスの船着場に到着しなければならないからかもしれない。照明器具は備えていないのだから、文句は言ってられない。

ランチャがサンカルロスの船着場に到着した。90分ほどの船旅で、ニカラグア上陸である。船着場には雑貨屋があり、乗客たちは三々五々、自宅などへ向かっている。外国人である私を目ざとく見つけた地元の少年が、勝手に荷物を手に取り、「オテル、オテル」と叫びだした。どうやら近くのホテルに案内してくれるようだ。少年はそうしてホテルから客引きの報酬を貰っているのだろう。自分で宿を探す手間が省けると思い、「一番いいホテルでないと泊まらないからな」とスペイン語で厳命すると、少年は「シー、シー(はい、はい)」と頷く。少年について宿に向かおうとすると、雑貨屋のほうから「オイェ(おーい)」という声がする。「パサポルテ(パスポート)!」ああ、入国審査か。そりゃそうだ、船は国際航路で、自分は国境越えをしたのだ。パスポートを取り出すが、一般的な入国審査のような施設も係官もいない。すると、雑貨屋の店番をしていたと思われる男が手を出している。ああ、そういうことか、と思い、パスポートを手渡すと、男はページをパラパラとめくり、突き返してきた。「セジョ(スタンプ)?」と聞くと、「ノ・セ・セジャ(スタンプ押さないよ)」という。この男が誰なのか、また、入国管理の仕組みは定かではないが、ニカラグアへの入国はできたようだ。仮にできなくても、他に行くところはないのだが。

地元少年に案内された、船着場から徒歩数分のところにあるホテルは、ベッドマットが人型に凹んでいたが、概ね快適だった。しかし隣室との境の壁は2メートルほどの高さしかなく、高い天井までの残り1メートル以上の空間は隣室とつながっている。ニカラグア湖南東端の岸辺のホテルには、一晩中、湖面を吹き抜ける風の音と、虫たちの盛大な鳴き声と、見知らぬ旅人のいびきが響いていた。

数日後、さほど見るところもないが小気味良い田舎町サンカルロスから、首都マナグアに向かうことにした。マナグアは巨大なニカラグア湖の対岸のさらに北にあるので、バスでの移動は湖の東側を反時計回りに大きく迂回しなければならない。立ち寄りや休憩を含めて8時間以上かかるようだ。何か他の交通手段がないものか、宿の近くの旅行会社らしきオフィスで尋ねると、マナグア国際空港へ小型プロペラ機が飛んでいるという。出発は町の外れのサンカルロス空港からである。

オフィスの女性が、「アイ・ウン・ブエロ・オイ・ア・ラス・ドス(今日の午後2時に出発するフライトあるよ)」という。時計は1時を指している。間に合うなら乗りたい、と言うと、わかった、というようにうなずきながら航空券を発券している。空港へはどう行けば、と尋ねようとすると、「メ・エスペラス・エン・ラ・バンカ・デ・アフェラ、オイステ?(外のベンチで待っててね)」という。荷物を持って、ベンチに座っていると、しばらくして、女性がオフィスから出てきて、お待たせーというような表情をしている。建物の前に止まっていたピックアップトラックに私の荷物を乗せると、さあ乗って、と合図した。

助手席に乗って10分ほどで、街外れにある、ニカラグア湖を望む草原が広がる高台に出た。日除け・雨よけの小さな東屋が建ち、風向きと強さを測る吹き流しだけが立っている。それ以外には何もない。草原の一部に、少し砂利が見えているところが点々と続いているようにも思える。ここがサンカルロス空港のようだ。

しばらくすると、ドドドドという響きが聞こえてきて、上空遠くに小さな機影が見えてきた。草原に向かって単発プロペラ機が着陸しようとしているが、滑走路があるわけではない。砂利が少し顔を出している部分と、東屋と吹き流しが目印になっているのだろうか。機体は盛大に砂利を周囲に飛ばしながら着陸し、私の目の前で停止した。エンジンが止まってすぐにドアが開くと、機体に収容されていた数段のタラップが下された。制服の機長が顔を出し、周囲の安全を確認すると、機内の乗客に「ポル・ファボール、デセンバルケン(お降りください)」と告げた。

私を空港まで案内した女性は、機長と握手をすると、機体下部の貨物室のドアを開け、到着旅客の受託手荷物を取り出し、草の上に並べている。降機した乗客たちは自分の手荷物を拾い上げ、それぞれ徒歩や迎えの車で空港を後にしている。いつの間にか、周囲には、私のようにマナグアに向けて出発する乗客が何人か待っている。女性や機長の手を借りて、手荷物を貨物室に預けた。機長が先に搭乗し、さあ出発するぞ、というように手招きするので、短いタラップを上り機内に入った。適当な席に座ると、見送ってくれた女性が乗り込んできて、「グラシアス・ポル・ボラール・コン・ノソトロス、クイダテ(搭乗ありがとう、気をつけてね)」と言いながら軽くハグをし、急いで降機した。

ドアが閉まり、私を乗せた小さな機体はぐるりと地上で回転し、滑走路と呼ぶには心許ない草原を、着陸とは反対向きに進み、軽やかに離陸した。ああ、空港業務というのは、地上職員1人と機長1人だけでも対応可能なのか、と思った。機体はニカラグア湖上空を一直線に北上し、1時間もしないうちに首都マナグアの国際空港に到着した。

こうして私は、コスタリカの首都サンホセからニカラグアの首都マナグアへ移動した。記憶に残る中米の陸路と水路と空路の国境越えの旅である。なお現在では、コスタリカ・ニカラグア間には国境を越える道路が整備され、高速バスでの移動が主流になっている。公共ランチャの運航やサンカルロスの船着場のイミグレーションは廃止された、とされている。しかし私は、ローカルの人たちは今もこっそりとあの川旅を楽しんでいるのではないかと思っている。